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2001/09/01
すべて終わりました。
更新にあたって、ご協力いただいたみなさん、立命館大学のほームページで、ユニバ情報が更新されてるにもかかわらず、こんなところまできてくださった奇特なみなさん(笑)、本当にありがとうございました。
この数日間、選手の皆さんにはほとんど接触せずにすごしてきました。
試合会場で必ず選手とお話したりするような、積極的なふぁんのみなさんには信じられないことかもしれません。(笑)(当時を振返って思えば、「行っておけばよかったなぁ…」と思う事しきりです。(苦笑))
もちろん試合は全部見てましたが・・・
ですから、選手たちが何をどう考えてるかは、知りません。だからすれちがいもあるかもしれません。
一生、分かり合えることもないかもしれません。『分かり合う気もない』といわれても、仕方ないと思いますが、思ったことを書いてみます。
私自身が選手のみんなに対して一番許せなかったことを最後に書きます。それは最後の韓国戦です。
彼らから客席にいる私の状態はわからないだろう。伝わっていないから、だとも思う。
確かに韓国は強かった。だけど。。。
靖国問題※を乗り越えて、『応援するよ』って答えてくれた中国のバレーファンの皆さんに対して、選手村からはものすごく遠いこの会場に、わざわざ応援にきてくれた他の競技のアスリートのみなさんに対して、あの覇気のないように見えた試合は絶対に、見ていて許せなかった。
それは、この日に限らず、数は少ないけれども、片言の日本語で懸命に日本チームに声援を送ってくれた中国の皆さんに対して、他のアスリートの皆さんに対して、私はものすごい、感激するほどの感謝の念を抱きながら、北京での日々を過ごしてきていたからだ。
人数が多くなくっちゃいけないのか?!少なかったらだめなわけ?
そんなの絶対に許せない!お前ら何様なんだ!!(怒)
マジでそんな風に思っていたなら、ぶん殴ってやりたい・・・。故障箇所が痛み出したとか、そういったこともあるかもしれない。だけど、そんなことはコートにいる限りは理由じゃない。ベンチでそういう表情ならば、仕方ないにしても、コート内では・・・(怒)。
こんな最後を迎えて、私は自分で自分がどうしたらいいかわからなくなった。
何もできないっていうか何かをするつもりもしたつもりもないけど・・・ピエロだね、私。どうしてこれほどまでに打ちひしがれているんだろう? >自分
あれから2年がたちました。
封印しようとしたこの日記を引っ張り出す気になれたのは、あたしの中で多少このショックが風化してきたからでしょう。当時はこんな風に振返る事ができるようになるなどと思いも寄りませんでした。
あれからチームの廃部等、状況が変わったからかもしれません。
今当時の事を思うことは、靖国問題は本当に大変な問題だったってこと。(苦笑)
日本人に対して憎さ100倍の想いを持たれても仕方のない状況だったのに、中国の皆さんの何人かは日本チームを応援してくれた。本当にありがたい。
2003年に開催される韓国大邱大会。片言の英語のリクエストに答えて前代未聞の日本語公式頁を作ってくれた関係者の皆さんの対応にも感謝したい。